急性肝炎
急性肝炎の原因には、多くのものがありますが、日本において重要なのはウイルス性肝炎です。肝臓に病気を引き起こす肝炎ウイルスには、A型肝炎、B型肝炎、C型肝炎、E型肝炎があります。
その中で、A型肝炎とE型肝炎は急性肝炎しか起こしませんがB型肝炎とC型肝炎は急性肝炎、慢性肝炎双方の原因となります。また、A型肝炎とE型肝炎は経口的に感染しますが、B型肝炎、C型肝炎は非経口的に主として血液を介して感染します。

臨床症状
A型、B型およびC型肝炎は、同じような経過をとることが多く、前駆期、黄疸期、回復期に分けられます。多くの急性肝炎は、自己回復の傾向を示す疾患であり、最も軽度の場合は、何ら臨床症状を伴わず、血清トランスアミナーゼ値の上昇だけがみられことがあります。しかし、一部に重症肝炎、劇症肝炎に進展する症例があり、"致命的になり得る疾患"としての認識が必要です。
診断
ウロビリノーゲン尿、血清総ビリルビン値の上昇、血清トランスアミナーゼ(ASTやALT)の上昇により、本疾患を疑います。プロトロンビン時間の延長や黄疸の遷延する症例は、肝炎の重症化、劇症化を疑わせます。血清トランスアミナーゼ値によって、重症化を予測することはできません。
ウイルスマーカー検査は鑑別診断に必須です

- A型:IgM型HA抗体
- B型:IgM型HBc抗体、HBs抗原、B型肝炎ウイルスDNA
- C型: HCV抗体、C型肝炎ウイルスRNA
- E型:IgM型HEV抗体、IgA型HEV抗体、E型肝炎ウイルスRNA
治療
C型肝炎をのぞき、基本的には自然治癒が期待される疾患であり、臨床経過に効果的な特異的な治療法はほとんどありません。黄疸期には入院、安静を原則とし、食欲低下がみられる患者さんには低脂肪・高炭水化物治療食が推奨されます。安静臥床によって肝血流の増加がみられ、肝障害の治癒が促進されると考えられています。
C型肝炎は、約7割の症例で慢性肝炎への移行がみられるため、急性期を過ぎても(発症後3ヶ月)、ALT値が正常化せず、HCV RNAが陽性の症例では抗ウイルス治療が考慮されます。
慢性肝炎
ウイルス性肝炎のうち、B型肝炎とC型肝炎は持続感染をきたし慢性肝炎の原因となります。その他の原因として自らの免疫が誤って自らの肝臓を攻撃することによって発症する自己免疫性肝炎(AIH)や原発性胆汁性胆管炎(PBC)が挙げられます。
さらに過剰の飲酒によって生じるアルコール関連肝疾患(ALD)や、特に最近増えているのが、肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症などのメタボリック症候群に合併して起こる代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)も慢性肝炎の原因として重要です。

臨床症状
慢性肝炎に特有の臨床症状はありません。むしろ自覚症状がないのが慢性肝炎の特徴です。そのためご自身が気づかない間に肝硬変や肝がんなどさらに肝疾患が進行してしまう危険があります。
診断
血清トランスアミナーゼ(ASTやALT)の上昇(通常は30以上)が少なくとも半年間継続した場合慢性肝炎と診断できます。さらに慢性肝炎の原因を診断するためには、以下の検査(問診を含む)を行います。
検査

- B型:HBs抗原、B型肝炎ウイルスDNA
- C型:C型肝炎ウイルスRNA、HCV抗体
- AIH:抗核抗体、免疫グログリン(IgG)
- PBC:抗ミトコンドリア抗体、免疫グロブリン(IgM)
- ALD:過剰の飲酒(通常は1日平均純エタノール60g以上)の有無
- MASLD:肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症などの疾患の存在の有無
治療
原因に対する治療を行い肝機能の正常化を目指します。B型肝炎の場合は抗ウイルス療法(核酸アナログ製剤)の内服を行います。完全にウイルスを排除することはできませんが、終生内服を継続しウイルス量を減少させることで、肝硬変や肝がんへの進展を予防します。
自己判断にて休薬するとB型肝炎が再燃してしまい、時に命に関わる状況になり得るので注意が必要です。C型肝炎の場合も同様に抗ウイルス薬(直接作用型抗ウイルス剤)の内服を行います。8週間の内服治療でほぼ100%ウイルスを排除することが可能です。
そのほかの原因に対する治療法については以下に記載します。
そのほかの原因に対する治療法
- B型:核酸アナログ製剤内服 (終生内服が必要)
- C型:直接作用型抗ウイルス剤内服 (8週間の内服でほぼ100%完治)
- AIH:ステロイド内服
- PBC:ウルソデオキシコール酸内服
- ALD:節酒または禁酒
- MASLD:肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症に対する治療
肝硬変
慢性肝炎に至ってから適切な治療が行われずに10年〜数10年経過すると、徐々に肝臓が硬くなって肝硬変に至ります。肝臓が硬くなること自体が問題ではなく、本来肝臓が持っている蛋白を合成したり、エネルギーを貯蔵したり、解毒したりといった働きができなくなり生体内に様々な不都合が生じます。さらに肝硬変になると肝がんが非常に発生しやすくなります。

臨床症状
肝硬変に至っても初期段階では特に症状はありません。この段階を代償性肝硬変と呼びます。
さらに肝硬変が進行すると、必要な蛋白が合成できなくことにより、栄養状態が悪化し、むくみや腹水が出現します。止血に必要な蛋白合成もできなくなるため非常に出血しやすくなります。解毒作用も障害されるため、黄疸が出現し、中枢神経が侵されると意識状態が悪化(肝性脳症)します。このような肝硬変特有の症状が出現した段階を非代償性肝硬変と呼びます。
診断
血清トランスアミナーゼ(ASTやALT)は通常上昇しますが、肝硬変が進行すると逆に低下することがあるので、血清トランスアミナーゼ(ASTやALT)が正常だからといって肝硬変を完全に否定することはできません。
血液検査では栄養状態の指標である血清アルブミン値や黄疸の指標であるビリルビン値、出血傾向の指標であるプロトロンビン時間や血小板数を測定します。また患者さんを診察し腹水の有無や肝性脳症の有無を確認します。さらに超音波検査やCT検査などの画像診断にて、肝臓の萎縮の有無を確認し総合的に肝硬変の有無や重症度を評価します。
我々肝臓専門医はChild-Pugh分類を用いて肝硬変の重症度を評価しているので、その内容について紹介します。
スクロールでご覧いただけます。
判定基準 | 1点 | 2点 | 3点 |
---|---|---|---|
アルブミン(g/dL) | 3.5超 | 2.8以上3.5以下 | 2.8未満 |
総ビリルビン(mg/dL) | 2.0未満 | 2.0以上3.0以下 | 3.0超 |
腹水 | なし | 軽度 | 中等度以上 |
肝性脳症 | なし | 軽度(I~II) | 中等度以上(3~4) |
プロトロンビン時間 | 70%超 | 40~70% | 40%未満 |
この5項目の点数がすべて1点なら合計5点、すべて3点なら合計15点になりますが、5~6点をChild-Pugh分類A(いわゆる代償期)、7~9点をChild-Pugh分類B、10~15点をChild-Pugh分類C(いわゆる非代償期)と分類します。
治療
慢性肝炎同様原因(肝炎ウイルス、自己免疫疾患、飲酒、メタボリック症候群など)に対する治療を行います。肝硬変まで進展した場合は、原因に対する治療に成功しても完全に正常な肝臓までには回復しませんが、肝硬変の進行や肝がんの発生を防ぎ、今まで通り日常生活を送ることが可能です。
非代償性肝硬変に至った場合は、症状に対する治療を行い、患者さんの苦痛の軽減を図ります。栄養状態が悪化し全身にむくみや腹水が生じますので、利尿剤を用いて腹水の軽減を図ります。利尿剤を用いても改善しない場合は、直接お腹に針を刺して腹水を排出する(腹水穿刺)、さらに排出した腹水を透析装置により必要な成分のみ濾過濃縮し再度点滴により患者さんの体に戻すという腹水濾過濃縮再静注療法(CART療法)を行う場合もあります。
非代償性肝硬変のもう一つ症状である肝性脳症に対しては、合成二糖類製剤や難吸収性抗菌薬の内服により肝性脳症の原因となる腸管内でのアンモニアの産生を抑制し、分子鎖アミノ酸製剤(BCAA製剤)の内服により栄養状態の改善やアミノ酸バランスを改善することで肝性脳症を予防することが可能です。特にBCAA製剤は点滴製剤もあるので、意識が悪化し内服が困難な患者さんにも使用できます。
さらに肝硬変になると、食道静脈瘤という食道粘膜に静脈性のコブができやすくなります。放置すると破裂し大出血を来たす可能性があるので、肝硬変の患者さんは必ず定期的に胃カメラを受けていただき、出血のリスクがある病変に対しては予防的に内視鏡的治療(EVL)を行います。
肝がん
肝硬変になると、一定の確率で肝がんが発生します。例えばC型肝炎ウイルスによる肝硬変の場合、1年間でおよそ7%の確率で肝がんが発生すると言われています。さらに一度肝がんが発生すると、肝がんが完治できたとしても他の部位に年率30%の確率で肝がんが再発すると言われています。

臨床症状
肝がんが発生しても早期には全く症状はありません。ある程度大きくなると肝臓に負担がかかるようになるので、腹水や黄疸、肝性脳症などの非代償性肝硬変による症状が出現します。
さらに肝がんが進行し遠隔転移を来たした場合は、遠隔転移した場所特有の症状が出現します。肝がんで特に転移しやすい場所は、血管(門脈や静脈)、肺、骨です。血管に転移した場合は食道静脈瘤の悪化や肝硬変の進行が、肺に転移した場合は呼吸困難が、骨に転移した場合は痛みが出現することがあります。
診断
血液検査としては腫瘍マーカー(AFPとPIVKA-II)が重要です。ただし早期の段階では腫瘍マーカーが正常であることが多いので、注意が必要です。
早期で発見するためには定期的な画像診断が不可欠です。画像診断としては超音波検査、CT検査、MRI検査があり、それぞれ造影剤を使用することでより詳細な評価が可能です。
肝がんは肝硬変の程度や肝がんの治療歴の有無により発癌リスクが異なりますので、各症例の発癌リスクに応じて、画像診断や腫瘍マーカー測定の頻度を決定します。
治療
肝がんの治療方針は腫瘍の状態(腫瘍の大きさや個数、遠隔転移の有無など)と患者さんの状態(年齢、肝硬変の程度、心肺機能、腎機能、基礎疾患など)により決定します。
比較的早期で、かつ患者さんがお元気な場合は手術を行い完治を目指します。腫瘍の大きさが3cm以内かつ3個以内の場合はラジオ波焼灼術(RFA)も考慮します。RFAは超音波で肝がんを確認しながらお腹から肝臓に針を刺して熱凝固により肝がんを死滅させる治療法で、手術と比較し患者さんへの負担が圧倒的に少なく、かつ手術と同等の効果が期待できる治療法です。
腫瘍がある程度進行し、完治が期待できない症例に対しては、カテーテル治療(TACE)または薬物療法が選択されます。TACEは内科医が透視画像を見ながら太もも、あるいは手首にある太い動脈から肝がんを栄養する肝動脈まで、選択的にカテーテルを挿入し、抗がん剤あるいは塞栓物質(ゼラチンなど)を注入することで肝がんを死滅させる治療法です。
一方肝がんの薬物治療に関しては、近年目覚ましい発展を遂げた領域です。肝がんの薬物療法としては、がん細胞の特定の領域を認識することにより選択的にがん細胞のみを攻撃する『分子標的薬』、及び患者さん自らのがん免疫を向上させることにより効果を発揮する『免疫チェックポイント阻害剤』の2種類があり、単剤あるいは2剤を併用します。そのため従来の抗がん剤治療に比べ、副作用が少なくかつ高い抗腫瘍効果が期待できます。
当院では肝臓内科医に加え、放射線科医、消化器外科医と綿密に連携をとり、適切かつ最先端の肝がん治療を提供しています。